「貴彦さん……」
粗末な家屋の窓から、外を見ていた彼女は私の方を見た。
外にはこの国の警察だろう、軽く武装した数人がこの家の中の様子を伺っている。突入も秒読み、か。
「もう、終わりなんですね」
私の傍らで白い布を大事そうに抱いた彼女が、ぽつりと呟く。布の隙間からは、生まれたばかりの赤ん坊が寝顔を覗かせていた。
「……終わりではありませんよ、始まりです」
私たちにとって甘く腐った旅も、いくつ年月が過ぎたか。私は彼女に手をかけることはなく共に生き続け、私との間に子を成した。
私は腕に少し力を入れて、落ちないように抱き直すと私の腕の中の赤ん坊が身じろぐ。生まれたばかりのこの子たちの名前は、まだない。
「でも、上手くいくでしょうか?」
「……大丈夫。二人で相談したでしょう? この子たちは私の兄に託すと」
(兄なら、この子たちを酷い目には合わせはしない。)
それは願いに似た思いなのか。弟としての直感なのか。
兄宛に書いた手紙がかさり、と私のシャツのポケット中で音を立てる。
手紙の有無を確認すると共に床に座り、子供は二人とも傍に降ろす。
「…………」
私は目の前の彼女と視線を交わらせた。そして、互いにナイフをそっと互いの首筋に当てる。
「愛してます、深雪」
「私もです」
ドアの方でかすかな足音。他人に殺されるよりは、お互いの手で散らしていく方が良い。
毒を含んだ幸せを死を持って二人で守り抜く。それだけのことが私たちにとっての幸せの門出になる。
こんなに満ち足りた気持ちは、弟の秀彦を殺めたときよりも強かった。
「ずっと一緒ですよ」
その私の一言が合図。
力を当ててて引くのは、いとも簡単なこと。
ナイフは皮膚を切り裂き、血管の鈍い音。赤い飛沫とは反対方向に倒れゆく体。秒単位でコマ分けされた映像のように、私と同じように倒れていく彼女の姿を映す。
遠くなる意識の中、ドアが勢いよく開く音。
「貴彦さん……」
意識が暗転する直前に見たのは、血を流しながらも同じように微笑む、深雪だった。